TSUNEYUKI NAKAJIMA

中嶋常幸
Tsuneyuki Nakajima

3月29日(木)にカリフォルニア州
リオホンドゴルフコースにて開催された、
ハーベストタイム主催チャリティーゴルフトーナメントに
ゲスト出演した中嶋常幸プロ。
昨年「三井住友VISA太平洋マスターズ」で
4年ぶりの優勝を遂げた。
21歳でデビューしてから30年、スランプに陥るも
必ず這い上がり勝ち星を挙げ続けることができる
中嶋プロの根底には何があるのか、
ゴルフ人生の先に潜む独自の人生観に迫った。



生年月日:1954年10月20日 (52歳)
出身地:群馬県
身長:180cm
体重:88kg
出身校:樹徳高校
趣味:読書、釣り、スキー、写真
ゴルフ歴:10歳から
ツアープロ転向:1975年12月10日
アマ時代の戦歴:1972年日本パブリック、
1973年日本アマ
ツアー勝利数:62勝
(日本プロ3回、日本シリーズ2回、日本マッチプレー3回、日本オープン4回、日本シニアオープン2回、日本プロシニアを含む)

アマチュア時代から注目され、21歳でプロデビュー。当時、青木功、尾崎将司の2人がゴルフ界で実力を二分していたが、中嶋プロが参戦して「A.O.N.」時代が始まり、日本のゴルフ黄金期を盛り上げた。 1982年5勝、83年9勝、85年6勝、86年8勝して、4度賞金王の座を獲得。全盛期には世界にも挑戦し、「マスターズ」8位、「全英オープン」では最終日最終組でプレー、「全米プロ」では3位に入賞した。2002年に2勝、2005年に「日本シニアオープン」に優勝、昨年は日本シニアツアーで2勝し、レギュラーツアーの「三井住友VISA太平洋マスターズ」で4年ぶりの優勝を遂げ、シニアになってもその王者の実力を知らしめた。


今回はどういったきっかけでハーベストタイム主催のチャリティーゴルフトーナメントにゲスト出演されたのでしょうか?

家内がとても熱心なクリスチャンで、私も1980年1月13日に洗礼を受けまして、ハーベストタイムのテレビ番組に出演する機会があり、その時から中川先生と交流を持っています。番組放送開始から20周年で、ゴルフトーナメントをやるということで、お祝いにロサンゼルスにやって来ました。

*中川健一氏 ハーベストタイム・ミニストリーズ理事長

なるほど、長いお付合いのようですね。ところで、中嶋プロが洗礼を受けたのは26歳の時ですが、すでにトッププロとして活躍していましたよね。

いやいや、その頃は通算勝利数でいうと7回か8回くらいで、そんなに勝ち星も多くない時でしたよ。

何かゴルフのことで精神的に悩みがあって洗礼を受けたのですか。

いや、そういうことではないです。実は当時私たち家族が住んでいた場所の近くに、今年95歳になる家内の恩師がいまして、毎週子供と一緒に家庭礼拝にいっていました。その方がとてもよい方で、非常にわかりやすく聖書を説き明かしてくれて、礼拝も大変充実していましてね。教会に行くこと自体に抵抗はありませんでしたね。

大変なご長寿ですね。その先生のお話が、何かプレーにも影響したということはありますか。

そうですね、ゴルフは自分にとってすごく大切なものだけど、ゴルフ以前に、自分の土台はどうなのだろうと考えることができました。
まずは、ゴルフをやる上で人間としての土台をしっかりさせること大切なんです。それは自分が何に価値観や主眼を置きたいのかを知ることです。生きていれば、皆浮き沈みがあり、いろいろと考えたり、悲観的になったりします。自分自身もそうでした。でも悩んだとき、なぜ“悪い時”があるのかと考えると、それは“良い時”を知らしてもらうため、“良い方Åhへ向かっていくための大切な恵みの時間なんだ、ということが歳を重ねてから解ってきましたね。


ものの考え方に随分影響したようですね。

そうですね。実は、39歳の時母親が、42歳の時に父親が亡くなって、40代は自分なりに一番悩んだ時でした。そんな時受け入れ、頼ることができたのがクリスチャンの教えでした。ゴルフの成績そのものは努力の世界ですし、練習しないで強くなることはないけど、「自分の立っている場所が少ししっかりしてきたな」という確信をもてるようになりましたね。だから、クリスチャンになってよかったなと思っています。

中嶋プロのライフスタイルにとって信仰は大切なことなのですね。

スポーツ選手というのは、いつか一線を退かなければいけない時が来るわけですよ。ゴルフというものをライフワークとして考えた時、選手としての幕を降ろした後、ゴルフを通じて何ができるかというと、後輩の指導なり、ゴルフをたくさんの人に楽しんでもらう為に何か行うといったことですよね。でもそういったことをするのにも、自分自身がゴルフに対して豊かになってないと他人に伝染しないじゃないですか。自分が貧しい気持ちでゴルフをやっていたら、「あんなゴルフしたくない」って思われてしまうのは嫌ですね。「ゴルフをやっているだけで楽しくなるなぁ」とか、「ああいうゴルフはいいなぁ」とか、そんな風に皆に思ってもらえれば嬉しいですね。

すばらしいですね!!そういった精神があるからこそ中嶋プロは頑張れるのでしょうね。

「頑張る」ということで言うと、若い頃は父親の期待に応える、あるいは中嶋家というゴルフファミリーの期待を背負うとか、そういった意味で「頑張る」ことしか自分を主張する場面がなかったんです。練習をやればやっただけそれなりに結果として表れて出てくるから、「頑張れば報われる」という方程式の中で生きていましたね。

その方程式は歳を重ねるごとに変わりましたか。

「頑張る」だけではどうにもならない年代がやって来た時、追い討ちをかけるように「頑張る」ひとつの目的だった母親や父親がいなくなって、励みがなくなってしまったんです。若い頃よりも頑張ろうとする気持ちを強くするのだけど、精神的に頑張り疲れてしまう。そんな時、神様が「お前が頑張っているのはわかっているよ」「おまえは良く頑張ったよ」と、認めてくれるんです。そうしたら、ふっと肩の荷が降りて、「ああ、頑張る必要はもうないんだ。ここからありのままやっていけばいいんだ」と気がついたんですね。

楽にはなっても、頑張らないことに不安を感じてしまいそうですが・・・。

これは、練習量を減らすとか手を抜くとかそういうことではないんです。「ありのままのスタイルでゴルフを続けなさい。そこで何か発見できるものを大切にしなさい」というようなひとつの方向性をもらったのだと思っています。それまでいい成績が出せないという“焦り”でいっぱいだったのに、その苦味をちょっと味わってみようという気持ちになれた。苦くなかったらおいしくないビールと一緒。この苦さの先で新しい中嶋っていうものに出会えるかもしれない、そう思うようになってから、いい練習ができるようになったんです。

状況を受け入れ、壁を乗り越える準備ができたわけですね。

「努力が偶然を掴む」こんな言葉をどこかのスポーツ選手が口にしたんだけど、私はそういうチャンスに巡り合わなかったし、気付きもしなかった。でも、不思議なもので、苦味を味わおうと思った時、チャンスが見えるようになってくるんですね。

ひとつの例は、若い時に私のところにいた弟子が、故障に悩んでトレーナーになったと、ふっと目の前に表れたことです。そして、「こういう練習をこういうメニューでやられたらどうです?このトレーニングするといいと思いますよ」と、アドバイスをくれたんです。これはチャンスを与えられたと思いましたね。
もうひとつは、「もうクラブ契約をしません」と言われた時。自分はとしては、45歳も過ぎたことだし、今までお世話になった契約先に恩返するために、クラブの設計に携わったり、若い選手を育てたりと、いろんなことを思っていたんですよね。要するにもう引退ですよ。そんな矢先にいらないって言われたら、一瞬ネガティブに捉えてしまいますよね。でも、「よーし、こうなったら山ほど使いたいクラブがあったのだから端から使ってみよう」と思ったんです。これも新しい発見ができるかもしれないチャンスです。

「災い転じて福と成す」というか、ピンチがチャンスになる。縛られるものがない、だから自然にそういう考えになる。

そのあとのゴルフはいかがでしたか。以前とは全く違うものになったのでしょうか。

いや、そんな極端な、劇的な変化というのはなくて、じわじわと出てきました。「あれ?なんかちょっと良くなっているのかな」って自分で気がつくくらいです。スポーツ選手の自信というのは本に書いてあった100の理論とか誰々が言った100の言葉から来るものじゃなくて、たったひとつの、体の中心に“バッと芽生える”手応えなんですよ。「あ、これはちょっといい感じかも…。これかな」と自ら感じ、「これは水を与えていけば大きな自信という木になるぞ」と思えることです。

それから2002年に優勝されて、見事な復活劇を見せてくれましたね。

それが人間って面白いもので、あの優勝で「中嶋復活」と騒がれたら、「自分は特別なんだ」という慢心的な、欺瞞な心というのかな…信仰してわかっていても出てくるわけですよ。そしてまた、2003年、2004年と、2005年と自分らしくなくなってくるわけです・・・。


実際スランプは何回かあったのでしょうか。

大きなスランプは3回ありましたね。最後の3回目で、両親の死も含めて、40代の不調を乗り越えたとき、一度「答え」が出たのですが、スランプというものは歳をとればとる程ほど強力になってくるのですね。昔はスランプも不調の壁も低かったのに、歳とともにどんどん高くなってくる。
2002年の47歳で7年ぶりの優勝は、確かに恵まれていたんですよね。でもその後また調子が悪くなってしまった。

それでもまた、昨年11月の「VISA太平洋マスターズ」で劇的な優勝を飾りましたよね。これはまた何かきっかけがあったのですか。

実はあの試合の2ヶ月前、北海道でやった「全日空オープン」の時に頭をハンマーで殴られたような衝撃的な事件があったんです。

久しぶりに優勝争いに加わって、最終日最終組は若手の小田龍一プロと大ベテランの芹澤信雄プロ、そしてトップと3打差の私。1ホール目、私が打った後、次は芹澤君の番という時、観客の中にいた60代半ばの男性が芹澤君に大声援を送るんです。横で奥さんが「お父さん、止めて」と言わんばかりに彼の袖を引っ張っていました。芹澤君はティーアップして、一度後ろに下がって精神統一をしようとしていましたが、それでもお構いなしで「いつも通りやればいんだ!!」と強烈な言い方で。あんまりにもうるさかったので、私は「すみません。練習ラウンドじゃないんでお静かにお願いします」って言ったら、その方が大きな声で「中嶋はだまっとれぇ、おまえに言ってるんじゃない!!」って言い返してきたのです。

すごくショックでしたね。その人に言い返されたことよりも、「おまえの方こそだまっとれえ!!」って言ってくれる、自分のファンがいなかったことがショックで。ギャラリーと自分の間にすごく距離を感じて、悶々とした気持ちでスタートしたんです。

今日1日、どんな気持ちでプレーしたらいいのかわからなくなってしまい、ボギーでスタートして、ボギー、ボギー、ボギー、パー、ボギー、ダブルボギー・・・と、見るも無惨な内容になってしまいました。優勝はもうない、上位入賞もない、そう諦めた時に、スタート時に受けた傷をどう処理するべきか答えを出さないと、今日という日が全く無駄になってしまうと思って考え始めました。

試合中に、ですか・・・。

そう、クリスチャンの教えでは「偶然」はなく、すべて「必然」なんです。だから、あの事件と自分には必ず何かの関係がある。そうやって考えていくと、どんどん昔の自分を振り返っていく。自分の性格分析を6番ホールぐらいかずっとしていって、残り3、4ホールぐらいで答えが出ました。「ああ、そうか!なるほど」って。


いったい何だったのですか。

もったいなくて言えない。(笑)

えっ!そこまで言ったら、読者の皆さん絶対聞きたいですよ。

では、特別に。私はサービス精神旺盛で、みんなに喜んでもらいたい、場の雰囲気を良くしたい、そしてつつがなくゴルフをして全員に見て欲しいと思って、それまでプレーしてきました。良く言えば他人に気を使えて、気配りができるということなのですが、悪く言えば周りを気にし過ぎなのです。 振り返ってみれば、試合中4日間、初日の1番から最終日の18番まで、全ショットに対して100パーセント集中したことがなかったと気がつきました。どこかで必ずいらぬファンサービスをしたり、いらぬ気配りをしたりしていた。それはギャラリーだけじゃなくて同伴者に対してもそう。様々な面で自分が“一心不乱”にゴルフをしたことがないという分析結果が出たわけです。

その結果は意外ですね。

そうですね、意外とシンプルなようですが、ここまで辿り着くのに時間がかかりましたね。あの事件のお陰で、 “一心不乱にゴルフに打ち込む”という答えがでたんです。そこからパッと変わって、2週間後の「日本プロゴルフシニア選手権」、そして「日本シニアオープン」でも優勝できて、自分のプレー自体がすごく変わった、一皮も二皮も剥けたという実感を与えてくれましたね。そして11月、「三井住友VISA太平洋マスターズ」の勝利を手にしたわけです。

そうでしたか、あの勝利の裏にはプロの精神的な変化があったのですね。今となっては、北海道のヤジに感謝といったところですか・・・。

そうね。でも、選手が打つ時はお静かにお願いします。(笑)

最後に、アメリカのシニアツアーには参戦しないのでしょうか。

アメリカでやるぐらいだったら引退しませんよ。(笑)

・・・ですね。アメリカにいるファンとしては残念な気もしますが、引き続きご活躍を期待しています。今日はありがとうございました。


取材協力:ハーベストタイム

 
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Wishing you 
a peacefull
holiday season

and

the happiest of 
New Years



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