RYUJI IMADA

PGAツアー初勝利が期待される
今田竜二プロ


14歳でアメリカにゴルフ留学。
1999年プロ転向後のPGAツアークォリファイスクールに失敗、ネイションワイドツアーで5年間
プレー後、2005年にPGAツアーシード権を獲得。
昨年5月ジョージア州で行われた
「AT&Tクラシック」で、マスターズチャンピオンの
ザック・ジョンソンとプレーオフを演じたが、
残念ながら2位となった。
今シーズンは、1月の「ビュイック・インビテーショナル」で単独2位、
2月の「ノーザン・トラストオープン」でも最終日にスコアを伸ばし5位タイに入賞。

賞金獲得が88万ドルを突破し賞金ランキング11位(2月18日現在)と好調なスタートをきった。

ツアー4年目、初勝利が期待される今田竜二プロに心境を語ってもらった。

(2月12日Northern Trust Open 練習日に収録)

「ビュイック・インビテーショナル」で2位と幸先のいいスタートを切りましたが、今年の目標は?

毎年、前年より上回る成績を残すことを目標にしてきたので、まずは昨年の成績を上回ることですね。

成績が向上してきた要因は?

やはりコースに慣れてきたことや、PGAツアーの雰囲気に慣れてきたこともですね。技術面より、ツアーに慣れること、精神的に落ち着いてきたことなどが大きいと思います。2005年は全米オープンのあと腰を痛め、8週間試合に出場できませんでした。そのあとも6週間予選を通過することができず、10週間以上棒に振ってしまい、いい成績を残すことができなかったですね。

プロに転向後すぐにPGAツアーでプレーするかと思いましたが、最初のQスクールを失敗しましたね。

最初のQスクールを落ちたことは、ショックはショックでしたが、自分ではそれほど大きなショックではありませんでした。まあ、1年目はネイションワイドツアーで普通にプレーすれば最終的に賞金ランキングで15位以内に入れて、翌年簡単にPGAツアーに行けると思っていました。実際に5~6試合目で優勝しましたからね。そして、その優勝したことも自分の中ではそれほど大したしたことではないし、まだまだやれると思っていました。しかし、そこからプロツアーの難しさというものを経験しました。アマチュア時代は1年間通して試合をするということがなかったもので、後半戦になって身体がガタガタになりました。
アマ時代は、2~3週間試合に出たらまた学校に戻ってという生活で、プロとしての生活に慣れていなかったし、その意識もなく、とにかく試合に出ていればいいと思っていました。だから、8週間とか10週間続けて試合に出ていたこともあったので、疲れがたまって腰を悪くしました。本当に今までにない経験でした。

そのときオフシーズンに身体を鍛えましたか。

そうですね、その時期は結構鍛えました。しかし、あまりゴルフとは関係ない鍛え方をしてしまい、とにかくウエイトトレーニングでも重ければいいとか、無知なトレーニングをした結果手首を痛めたこともありました。

怪我に対しては、どのように治してきたのですか。

昔は普通のカイロにゆきましたが、今はPGAツアープロに詳しい先生に見てもらっています。身体が資本ですから、手入れをしないとダメですね。ゴルフはそれほどタフには見えませんが、かなりタフな仕事です。移動や毎日の練習、そしてプレーで凄く身体に負担がかかっていますから、身体のケアはしっかりしておかないといけないですね。

そのあとも、PGAツアーのシード権が取れませんでしたね。

2年目ぐらいまでは、PGAツアーでプレーできないことを、それほど深刻には考えていませんでした。しかし、その後も惜しい年が続くにしたがって、自分でもネガティブになってゆきましたし、もう無理ではないかと思うこともいっぱいありました。3年目のシーズンは、また腰を悪くしてしまい10数試合しか出場できなくなり、本当に辛い年でしたね。その年はQスクールも受けずに、一旦気分を入れ替えました。
4年目のネイションワイドツアーのシーズンも、最初は上手くいかず結果がでなくてイライラしたこともありました。後半になって少しずつ良くなってきて、やっと5年目で優勝できて、翌年念願のPGAツアーに行くことができました。日本ツアーでプレーすることも考えましたが、僕は常にPGAツアーでプレーすることが夢だったので、ネイションワイドツアーならPGAツアーに行けますから、それを目標にがんばってきました。

ネイションワイドの5年間の経験が、今PGAツアーで大変役に立っていますね。

そうですね。僕もそう思いますよ。ネイションワイドツアーでは、良いこともありましたが、苦しいことがいっぱいありました。苦しいことを経験すると、もっと上に行こうという気持ちがどんどん沸いてきますしね。

PGAツアーはエンジョイしていますか。

エンジョイもしているのですが、本当にこの世界に食いついてゆくのが精一杯というところです。どんどん若い選手も毎年出てきていますし、世界中からいい選手が集まってくるので、その中で少しでもいい成績を出せるようにして、いい経験を積んでいくことですね。

昨年、今年とすでにPGAツアーで2位になり、優勝というファンの声が聞こえてきますが?

優勝と2位では天と地との差があるし、優勝、優勝と考えてもそんなにうまく行くものでもないですよ。技術的にもまだまだです。

優勝するためには、自分はどこを伸ばせばと思いますか。

それは全ての面で、少しずつ大きくならないと、上位にはコンシスタントに行けないですね。ツアーのトップ10や20以内のプレーヤーは、どこをとっても凄い物をもっています。

優勝するには運もあるでしょうからね。

運は実力についてくるものなので、運のない人は実力がないですよ。PGAツアーで優勝することは、子供の時からの夢ですからね。それでもあまり意識せずに、最終日のラスト9ホールで優勝できるチャンスを何回か作ることが積み重なれば、結果がでると思います。そんなにあせってもしょうがないです。

昨年の「AT&Tクラシック」のプレーオフのとき、大観衆でしたが、どのような印象でしたか。

あの時は、まだ自分がすべき仕事が残っていたので、あまり考えていなかっですね。中に入っていると、周りのことをあまり見ていないですよ。緊張もあったのですが、初めて優勝のチャンスが目の前にあったので、それのほうに集中していました。

マスターズはプレーしていませんけど、目標ですか。

オーガスタではプレーしたことはありますが、マスターズは出場したことがありません。子供の頃からテレビで見ていたので、出場したいですね。メジャーのタイトルで何が欲しいかといえばやっぱりマスターズですね。

ジュニア時代のことを少し聞きたいのですが、ゴルフを始めたのはいつで、きっかけは?

ゴルフを始めたのは、7歳か8歳です。きっかけは、近くに練習場ができて、父がゴルフにはまっていた頃で、面白そうだと思ってやり始めました。それから毎日のように1人で練習にいっていました。ゴルフをやるまでは野球をやっていました。中学はテニス部に入っていましたが、一度もでていなかったと思います。ゴルフをしていましたね(笑)。

14歳で渡米されましたが。

2つ年上の人がフロリダのゴルフアカデミーにいて、お前も来てみるかという誘いがあったようですが、僕もアメリカに行きたいと親に言っていたようです。そのころから、アメリカは憧れみたいなものがありました。小学校時代からマスターズとかPGAツアーに憧れていましたからね。それで、フロリダ州タンバのゴルフアカデミーに行きましたが、1年で辞めてしまいました。そこのアカデミーを辞めたときに、アメリカ人のコーチも辞めたので、彼についていって2人で5~6年一緒に住んでいました。

アメリカのジュニアツアーに出場していましたが、そのツアーはどのようなところがよかったのでしょうか。

やっぱり試合に出られることが大きなことですよね。日本では年に出られても1~2試合だったので、その他だとおじさん達に混じってやるので、同じ歳の子達と競えるチャンスがなく、その点ではこちらの試合に出ることは、凄く励みになりましたね。

ジュニアからPGAツアーでプレーできるようになるには、凄く大変ですよね。

そうですね。運もあるだろうし、自分もがんばったけど、周りの人に恵まれたというか、コーチには今も教えてもらっているけど、やはり彼には感謝していますね。

若い時からアメリカに移住して、PGAツアーを目指し成功しているのは今田プロしかいません。他に日本のゴルファーが出てきませんが、その現状はどのように思いますか。

日本というところは、やはり居心地がいいのだと思います。韓国選手がアメリカに来たがるのは、韓国という国事態がそれほど居心地のいいところではないのでしょう。日本にいると他の国に行きたくなくなっちゃうと思います。高校生でも待遇がいいですけど、僕はそれを知る前にアメリカに来たので、居心地のいい状態に馴染んでいなかったのでね。

日本人がグリーンジャケットを着る日を夢見ているゴルフファンも多いと思います。若いときに米国に来て、PGAツアーを目指したほうがチャンスはあると思いますが。

確立的には多いかもしれませんが、それがいいか悪いかは人それぞれだと思います。やっぱり、日本でやっていても丸山(茂樹)さんみたいに、PGAツアーに来てもいい成績を出せる人もいるわけですからね。僕なんか日本にいたら、ゴルフをやっていたかどうかわからないですしね。まあ、言葉の面とか、食事の面とか、若いうちに来ていた方が楽ですよね。丸山さんも言葉があまりできないということで、苦しんでいるとか嘆いているということがたまにありますよね。その面に関して言えば僕は若い時にきてよかったと思ってはいます。親も13歳14歳から手放すのは難しいと思います。僕は親の理解があって行かしてもらいましたけど。

ジュニアに伝えたいことはありますか。

とにかくやるからには上を目指してください。試合に出るだけでなく優勝を目指して欲しい。そのためには、苦しいことや嫌なこともしなくてはならないので、挫折しないで辛抱することですね。辛抱すれば必ずいいことがあると思いますので、がんばって欲しいですね。

爽やかなイメージの今田プロも紆余屈折をへて、夢の舞台にたどり着いた。今、その舞台で辛抱強く戦い続け、これまで経験したことをぶつけて、更なる自分の夢に静かにチャレンジしているという印象が残った。若いといわれた今田プロも30歳をすぎた。これからその秘めて実力を爆発させる時がきたようだ。


RYUJI IMADA Profile

1976年10月19日生まれ31歳
身長:170㎝
体重:68kg
出身地:広島県
プロ転向:1999年
 
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